EUのAI規制であるEU AI Actは、2026年8月2日から新しい段階に入りました。

人がAIと直接やり取りしているとき、あるいはAIによって生成・操作されたコンテンツに接しているときに、その事実を認識できる状態を作ることが求められています。生成AIの業務利用が広がったいま、日本企業にとっても特にEU向けの事業がある場合、「AI生成物をどこで公開しているか」「人間の編集責任をどこで担保しているか」を点検する必要があります。

この記事では、EU AI Actのうち第50条の透明性義務に焦点を当て、制度の概要と日本企業に必要と考えられる対応を整理します。

EU AI Actの解説

EU AI Actとは

EU AI Actは、AIシステムの開発・提供・利用に対して、EU域内で統一的なルールを設ける規則です。リスクベースの考え方を採用しており、許容できないAIの禁止、高リスクAIへの厳格な義務、汎用AIモデルへの義務、透明性義務などを組み合わせて規律しています。

このうち第50条は、AIシステムの透明性に関する条文です。高リスクAIに分類されるかどうかにかかわらず、一定の場面ではAIであること、またはAIで生成・操作されたコンテンツであることを知らせる義務が発生します。

欧州委員会は2026年7月20日に、第50条の透明性義務に関する最終ガイドラインを公表しました。ガイドラインは、AI提供者とAI利用者のどちらに何が求められるのか、どのような例外があるのか、どのように適合を示すのかを整理しています。

第50条の4つの義務

第50条の透明性義務は、大きく4つに分けられます。

1つ目は、AIシステムが人と直接やり取りする場合の開示です。チャットボット、音声応答、AIアバターのように、ユーザーがAIと対話する場面では、相手がAIであることを明確に知らせる設計が求められます。

2つ目は、生成AIの出力に対する機械可読マーキングです。音声、画像、動画、テキストなど、AIが生成または操作したコンテンツについて、検出可能な形でマーキングする義務です。主にAIシステムの提供者側に課される義務で、AI生成物の来歴や判別可能性を技術的に支える部分です。これはC2PAやウォーターマークなどが該当するでしょう。この辺りはDID/VCメディアでも何度か取り上げています。

3つ目は、感情認識システムや生体分類システムにさらされる人への通知です。人の感情や生体的特徴を推定・分類するAIを使う場合、対象者がその利用を知らないまま評価されることを防ぐための義務です。

4つ目は、ディープフェイクや公共の関心事項に関するAI生成テキストの開示です。AIで生成・操作された画像、音声、動画を公開する場合や、公共的な話題についてAI生成テキストを公表する場合には、人が認識できる形で開示する必要があります。ただし、AIが標準的な編集補助にとどまり、人間が実質的にレビューし編集責任を負っている場合などは、義務の対象外になり得ます。

ProviderとDeployerの違い

EU AI Actでは、AIシステムを市場に出す側をprovider、AIシステムを業務で使う側をdeployerとして整理します。日本語では「提供者」と「利用者」と訳されることが多いですが、実務ではこの切り分けが重要です。

たとえば、生成AIモデルやチャットボットサービスを自社製品としてEU向けに提供する企業は、providerとして第50条1項や2項の義務を検討する必要があります。一方、外部の生成AIツールを使って広告画像、記事、営業資料、カスタマーサポートの応答を作っている企業は、deployerとして第50条3項や4項の義務を検討する場面が出てきます。

注意したいのは、外部AIサービスを使っているだけでも、自社ブランドのサービスに深く組み込んでEU向けに提供している場合、provider側の義務に近づく可能性がある点です。契約上の呼び方だけでなく、ユーザーから見て誰がAIシステムを提供しているのか、誰が出力を管理しているのかを実態で見る必要があります。

EU域外企業にも関係する理由

EU AI Actは、EU域内に拠点がある企業だけでなく、EU域外の企業にも関係し得る規則です。EU域内でAIシステムが提供される場合や、AIシステムの出力がEU域内で使用される場合には、日本企業にも適用される可能性があります。実務上は、EU向けにサービスを提供しているか、EUの顧客を想定した表示・言語・決済・広告配信があるか、EU域内でAI出力が使われることを自社が想定しているかを確認することになります。

日本企業にて考えられる対応

まずAI利用と公開先を棚卸しする

日本企業が最初に行うべき対応は、法務部門だけで条文を読むことよりも、AI利用と公開先の棚卸しです。

対象になりやすいのは、対顧客チャットボット、AI音声応答、AIアバター、生成AIで作成した広告画像・動画・音声、AIで生成した記事やホワイトペーパー、公共的テーマを扱うオウンドメディアなどです。

  • 自社がproviderかdeployerか、または両方に近いか
  • AI出力の種類がテキスト、画像、動画、音声のどれか
  • 公開先が社内限定か、一般公開か、EU向け配信を含むか
  • 人間のレビューと編集責任がどこにあるか

マーケティング、広報、営業、採用、カスタマーサポートなど、部門ごとにAI生成物が作られている場合、SaaS台帳とコンテンツ制作フローの両方を見る必要が出てきます。

チャットボットやAIエージェントは最初の接触で開示する

EU向けのサイトやサービスでチャットボット、AIエージェント、音声応答を提供している場合、ユーザーが最初に接触する時点までにAIであることを明確に知らせる設計が必要です。

「ヘルプページに書いてある」「利用規約に記載している」「フッターにAI利用方針がある」だけでは、ユーザーが実際のやり取りの場面で認識できない可能性があります。チャット画面の冒頭メッセージ、入力欄の近く、音声応答の開始時アナウンスなど、ユーザーの体験上自然に認識できる場所に表示することが重要です。

外部ベンダーのチャットボットをそのまま導入している場合でも、カスタマイズで標準表示を消していないか、ホワイトラベル化によってAI開示が埋もれていないかを確認する必要があります。スクリーンショット、設定値、確認日を残しておくと、後から説明しやすくなります。

AI生成コンテンツは「機械可読」と「人が分かる表示」を分けて考える

第50条では、機械可読マーキングと、人が認識できる開示表示が別の役割を持ちます。

機械可読マーキングは、主にAIシステム提供者が出力に埋め込む技術的な識別情報です。透かし、メタデータ、来歴情報、検出可能なマークなどが想定されます。日本企業が生成AIツールを利用する側であれば、まずベンダーがどの範囲でマーキングに対応しているか、EUのCode of Practiceに署名しているか、設定で無効化されないかを確認します。

一方、人が分かる表示は、コンテンツを公開するdeployer側に残りやすい義務です。ディープフェイクに該当し得る合成メディア、公共の関心事項に関するAI生成テキストなどは、閲覧者が特別な検出ツールを使わなくてもAI生成・操作の事実を理解できるようにする必要があります。これは「AI生成物である」という表示だけでなく、「誰が責任を持って公開したのか」「どのプロセスでレビューされたのか」を検証可能にする方向へつながります。C2PAのようなコンテンツ来歴技術、DID/VCによる発信元証明、社内の承認ログは、透明性対応を支える周辺技術として検討に値します。

人間のレビューと編集責任を明文化する

ここまで読んだ読者の方は、「AIはコンテンツ制作の補助でしかなく、最終的に人間が作業・レビューしている場合はどうなるのか?」と考えたことでしょう。

第50条では、標準的な編集補助や、実質的な人間のレビュー・編集責任がある場合の例外が整理されています。そのため企業側では、コンテンツ制作フローを次のように区分しておくと実務に落とし込みやすくなります。

  • AI生成:AI出力が内容の中心で、人間の関与が限定的
  • AI補助:AIを使うが、人間が実質的にレビューし編集責任を負う
  • 人間作成:AIを使わずに作成

この区分を記事、広告、SNS投稿、営業資料、動画、音声などの制作プロセスに組み込み、承認者と保存すべき証跡を決めておくことが重要です。

ベンダー契約とAIガバナンスに組み込む

第50条対応は、表示文言を1つ追加すれば終わる作業よりも広い取り組みです。生成AIツールやAI機能付きSaaSを導入する際のベンダー確認、契約、変更管理、コンテンツ承認フローに組み込む必要があります。確認すべき項目は、少なくとも次の通りです。

  • 生成AI出力への機械可読マーキングの有無
  • マーキングが対象とする形式と制限
  • AI開示表示を無効化・変更できる設定の有無
  • EUのCode of Practiceへの署名状況
  • ログ、設定値、スクリーンショットを保存できるか
  • 自社ブランドで再提供する場合の責任分担

特に、自社プロダクトに外部AIモデルを組み込んでいる企業は、契約上「誰が第50条2項のマーキングを担うのか」「自社UIで第50条1項の開示をどう行うのか」を明確にしておくべきです。

まとめ

日本企業が短期で動くなら、最初から全社完璧を目指すより、EU接点がある領域から優先順位をつけるのが現実的です。最優先は、EU向けサービス上のチャットボットやAIエージェントの開示確認ですが、この辺りの製品を出している企業であれば既に対応済みでしょう。

次に、公開コンテンツの制作フローを見直します。広告、PR、オウンドメディア、SNS、動画、音声のうち、AI生成・操作の比重が高いものと、公共の関心事項に関わるものを優先して確認します。

そのうえで、生成AIベンダーのマーキング対応、Code of Practiceへの署名状況、既存システムの2026年12月2日までの移行対応を確認します。機械可読マーキングは提供者側の技術対応が中心ですが、利用企業もベンダー評価と証跡保存を通じて対応状況を把握しておく必要があります。